自分の逸脱に気づく時期は早ければ早いほど良いと思う. 例えば, 周囲と自分の感覚のズレに気づくのは, 小学生だったり中学生のときのほうが高校生のときよりも良い. 同じように, 大学生のうちに他人との違いを認識しておくほうが, 社会人になってからわかるよりも良い.
人間は人生のどこかで必ず自分の逸脱に気づくものだと思っている. そして, どこかのタイミングでその逸脱のせいで狂うものだと思っている. 人によってはそのタイミングよりも早く死が訪れる.
狂うことは必ずしも破滅をもたらさないと思う. これが早めに逸脱に気づいたほうが良いと思う理由のひとつ. この点において, 人間の逸脱に対する社会の寛容さを理解しておこう. 人間の感覚に対する規範は存在するけれど, 法律はおそらく無く, あったとしても局所的にしか存在していなかったり, 散逸している, さらに警察と司法は確実に存在しないし, むしろあってはいけないものだという認識があるかもしれない. 破滅をもたらすのはほとんどの場合, 逸脱が何らかの実態をもって現実世界に流れ出した時に限られる.
逸脱に対するこういう考え方は一定数のひとに共有されているような気がする. 昔, 自分の逸脱について日記かノートか何かにひたすら書きつけて, 死ぬまでそれを他人に見せなかった人の話を見聞きしたことがある. その人は親族(おそらく子供だったと思う)にその秘密を託して死んでしまったのだが*1. 日本語にも「墓場まで持ってゆく」という言い回しがある. ただし, こちらの場合は少し感覚がずれていて, 現実世界に自分の逸脱が流れ出した時にそれを隠し通そう, という意識が見える. 当然, それよりも早く対処することができる.
*1:これは子供にとってはかなり迷惑な話かもしれない. 親はそれを自分以外の人にも見せることが出来た. 自分だけが知っていること/見ているものというのは人間を大いに縛りつける.